王冠第六部王冠


「行ってらっしゃい。」そう言って、リクを笑顔で送り出した。
今日は、早く帰るからね。帰ったら、クリスマスだし、二人きりでお祝いしよう。
そう、楽しそうに話す彼に頷き返す。放っておくといつまでも玄関先で話し続けそうな
彼の背を半ば強引に押しつつ、手を振った。
閉じた扉越しに、階段を駆け下りていく足音を聞きながら、レイラは扉に体を預けた。
瞳から零れ落ちる涙をぬぐいたくなくて見上げた玄関の天井。
真っ白な天井はレイラに、花蓮と会うことができたあの部屋を思い起こさせた。
「花蓮、いるんでしょ?どこかで、聞いてるんでしょ?これで、満足?あたしは、結局、あんたには
なれなかった。あんたは、あたしが何もかも奪ったって思ってるかもしれないけど、それは間違いだよ。
あたしは、花蓮が持っていたものを何一つ奪えなかった。ママもパパも、、、リクも。
でも、でもね。リクだけは壊させない。だから、ここで、終わりにする。何もかも。」
姿見に映る自分は本当にレイラだろうか。薄いヴェールの向こう側から覗いているような現実感のなさは
ここ最近とみに強い。そんな時は考えてしまう。自分という存在は本当は初めから存在せず、
花蓮にただ操られていただけの人形だったのではないのか、と。一度、湧き出した疑問は絶えることなく
レイラの中から振り続ける。唯一、リクと一緒に居る時だけは、彼がくれる様々な感情が彼女に
レイラだと確信できる時間だった。だから、あの時間だけは誰にも奪わせない。
「結局、さよならもありがとうも言えなかったな。」
きっと、これから自分がすることを彼は、許してくれないだろう。それでもいい。恩知らずだと罵られても
いつか、自分のことを忘れても。
「でも、私は、リクと会えたことずっと忘れないからね。」
昨夜、リクから聞かれたクリスマスプレゼント。彼はレイラの答えに苦笑しながら、それじゃ、俺が
満足しないよと笑いながらも、「ありがとう」と言い抱きしめてくれた。
夜空の星に願ったレイラの祈り、「Keinを一番輝く星にして。」
そのためには、自分がリクの側に居ては彼の負担になるだけ。レイラはポケットから携帯を取り出すと、
登録してあった鶴田の連絡先を押した。昨夜の内に粗方こちらの意図も算段も伝えてあったため、
会話は時間と再度落ち合う場所を確認するだけで済んだ。
待ち合わせまで後30分。鶴田と決めた待ち合わせの駅まではここから歩いても15分とかからないだろう。
レイラは自分の部屋のクローゼットの奥から大きなボストンバック一つを引っ張りだした。
リクに悟られないように少しずつ用意していった荷物は、初めてリクと一緒に住み始めてからの大切な宝物が
たくさん入っている。厳選したにもかかわらず手に持つとずっしりとするその重さがレイラの足を重くさせる。
姿見に映し出された自分越しに見ているであろう花蓮はどんな気持ちでいるのだろうか。
ずっと、信じていた。自分とイコールの存在。これから先、どうなるのかはレイラ自身にもわからない。
リクと離れることに怖さがないかと言えば嘘になる。それでも、彼をこれ以上自分のせいで苦しめたくない。
「リク、さようなら。」
レイラは重い鉄の扉を開け、凍てつく寒さの街中へと飛び出した。

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