王冠第三部王冠

第一章
『両手から零れてしまった幸せの雫は、不安へと変わっていった。』


「私、この事故知ってる。」
そう、レイラが口にしたのは、そろそろこの街にも冬の訪れが届きそうな頃のことだった。
「え、知ってるって、これ、ついさっき起こったみたいだけど、、、」
そう不思議に思ったリクが尋ねたのも無理はない。
ブラウン管越しには、他の取材でたまたま事故現場付近を取材に来ていたと話すリポーターが
興奮気味に事故の詳細を話す様子が映し出されていた。
出会い頭の事故、、、少なくとも二人が巻き込まれた模様、、、、トラックが曲がりきれずに、、、、
現場の状況を伝えようと何度も同じ言葉を繰り返すリポーターの動揺が事故の凄惨さを物語っていた。
彼の周りには、散乱したガラスの破片が散らばっている。
「もっと、昔、お姉ちゃんがいなくなった日のこと。」
「お姉ちゃんて、、、もしかして、花蓮のこと?」
「うん。」
そう言うと、レイラは瞳を閉じた。

錆びた鉄の臭いがレイラの鼻の先を掠めた。閉じた瞼の裏側に映像が映し出されていく。
初めはぼんやりと見えていた景色が段々とリアルになっていく。レイラは、夕暮れ色に染まる町に
立っていた。隣には自分の手を引く幼い姉の姿。レイラはもつれそうになる足を一生懸命動かしついていく。
歩き慣れたいつもの道。いつもの公園が見えた。後は横断歩道を渡ればいいだけ。あと少し。
突如、レイラの視界一杯に黒い大きな物体が映った。目の前に迫ってくるそれは、つい先ほどまで
繋いでいた手の温もりをあっという間に根こそぎ拐っていった。空っぽになった左手。
見上げたレイラの視界に空を舞う花蓮の姿が映った。
『空を飛べたらいいのに。レイラもそう思わない?』
そう花蓮が言ったのはいつだったっけ。飛んでくるガラスを避けようともせず、レイラはただその光景を見つめ続けた。
きっと花蓮は自慢げな顔で現れるはず。だから、絶対うらやましいなんて思わせちゃだめなんだから。
そんなことを考えるレイラの目の前に花蓮が降ってきた。何かが壊れるような嫌な音がレイラの頭を支配した。
誰かに強く腕をひかれ、顔を押しつけられる。呼吸ができなくなったレイラはパニックになって押さえつけてくる手を
ほどこうと暴れ、少しだけ空いた隙間から顔を出すと大きく息を吸い込み、そして足下を見つめた。
鉄の錆びた臭い、地面に這いつくばったまま動かない花蓮、辺りを埋め尽くしてく赤い色、、、
何かが足に触れ、レイラは足下を見つめた。
そこには、レイラが持っていたはずの黄色いボールが転がっていた。
「それ、レイラが持つの。」
「でも、レイラ落とすじゃない。」
「落とさないもん。」
そう言ったのは、自分。
呼吸ができない。
目の前がどす黒い色に染まっていく。体がさっきから震えている。
この会話は、何?手から落ちていったのは、何?
頭が内側から叩かれるみたいに痛い。
体がバラバラになっていく。苦しい、苦しい、クルシイ。
誰か助けて。誰か。ここから出して。
記憶の色に染まっていく中、どこか遠くで自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。

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