王冠 プロローグ王冠

「・・・この中にも知っている人がいるかもしれないけど僕も昔、言葉を扱っていたから、
霧島レイラの書くという行為について、ある程度は理解しているつもりだ。
無論、僕は作家ではないから、彼女の書くという行為とは、少しアプローチが違うのかもしれない。
今、ここにあるバタフライ・エフェクト。
そう、幻と言われ、ネットでは高額で取引されているんだってね。
あぁ、これ。これは、レイラからの唯一のプレゼントなんだ。いや・・・歓声を挙げるほどいいものじゃないよ。
僕はこの本にいや、レイラに執着し過ぎなんだ。今でもね、平衡感覚がわからなくなる程に。
まぁ、それはさておき、バタフライ・エフェクトは昔からの霧島レイラ作品と比べても異質なものだった。
それは、彼女の言葉を借りるなら、彼女自身が彼女の言葉で書いたからだ。」
一呼吸置いて、会場の隅々に視線を配る。平日の真昼間。都心から少し下った郊外の市民会館にしては、
それなりに客席が埋まっている方だろうか。
前列に陣取っている、いまだにファンだと言ってくれる女の子達。後方で、気持ち良さそうに椅子にもたれ
午睡を楽しむ老人や熱心に何やら書き続ける学生風の若者。
その中でも彼等は際立っていた。それはまるでレイラの書き綴ったあの本のようだった。
きっと普段の僕だったら気にも留めないような些細な違いだったのだろう。だが、狩るものと狩られるもの、
つまるところ当事者になるとその異質さが際立って見えるから不思議だ。圧倒的存在。
正にそう表現するのがぴったりだった。だが、まだ僕は狩られてはいけないのだ。

目があうのを待っていたかのように颯爽と立ち上がった彼等、刑事達が、
一歩ずつこちらに近づいてくるのがスローモーションのように視界の片隅に映った。
終演の時。誰かが耳元でそう囁く。
「橘リクさんですね。」
その声につられ顔をあげると、ここ数ヶ月ですっかり顔見知りになった女性刑事が、
一点の迷いもなく真っ直ぐ彼を見つめていた。
「僕が橘リクだということを君は既に知っている。わかりきったことを質問するなんて、時間の無駄だ。
レイラが言ってたんだ。時は戻せないって。いや、違う。あれは、花蓮の方だったかな。」
「その霧島レイラさんの事で、お話を伺いたいのですが。」
「へぇ。それがお決まりの台詞ってやつ?だけどさ、随分待たせたじゃないか。あんなに、ヒントをあげたのに。」
「それは、、、ごめんなさい。」
そんな言葉を素直に言える彼女なら答えを導いてくれるのではないか。
それは、この数ヶ月、彼女に出会ったうえで僕が導き出した唯一の解決法だ。
こんな方法しか思いつかない僕に、きっと君は失笑ぎみだろう。
だけどこの罪もこの現実も変わらない。それならば、ただ納得のいく答えが欲しかった。
「いいよ。大人しく何処にでも行く。だけど、一つだけ条件がある。」
「条件、ですか?」
「証明をして欲しい。」
「証明?でも、」
「違うよ。僕が殺したことじゃない。」
彼女の真っ直ぐな瞳が揺れた。

「僕が殺したのが、霧島花蓮だという証明をしてほしいんだ。」

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