青空に似合うのはアリスの方。
そう言ったのは、リスのカンジンスキーさんだ。
彼は煙管の煙を吐き出しながら、僕にそう呟いた。
今、アリスは青空の下で花摘みにいそしんでいる。

カンジンスキーさんは先月、どんぐりの実を喉に詰まらせて亡くなった。
享年38歳。大往生だ。
お葬式の日、僕は涙一つ流すことができなかった。

それが唯一の心残りだ。

アリスの青いドレスの裾が僕の目に眩しく映る。
僕には一体何が似合うのだろう。
ふと思いついた疑問に、答えてくれる人はいなかった。

アイコン蝶(青)

『七色きのこのクリームスープ。熟成子羊のブリー・チーズ。
胚芽入り自家製パン。毒入り林檎のタルトタタンに食後の珈琲。』

アームチェアーに座ってくつろぎながら、僕ら二人は明日をどう過ごすかについて議論する。
右に座るアリスの提案は、街に新しくできた雑貨屋を覗く。
僕の提案は、時忘れの森深くの小川で過ごす。
采配は、どちら側に星が流れるか。
僕らは黙って夜空を見上げ運命の時を待つ。

星が流れた。

結果はアリスの勝ち。

おばあちゃんが死に際に僕に言い放った言葉が脳裏を掠めた。
「結局、あなたはアリスに負ける運命なの。
だから、無理して勝とうなんて思っちゃだめよ。」

アイコン蝶(赤)

「これは?」−ゼンマイ式クロニクル
「じゃあ、こっちは?」−真珠入りハマグリのワイン漬け

「あぁ、君。今、不味そうだと思っただろう。いやいや、ごまかしても駄目さ。
ちゃんと顔に書いてある。物は見かけによらないぞ。
騙されたと思って、一つ食べてみるかい?これが意外に美味なんだよ。
ふむ、そうか。試食はいらない。それは実に残念だ。」
僕が丁寧に辞退すると、店主のおじさんは残念そうに茶色に変色したそれを瓶に戻した。
おじさんには、悪いけれどそれはとても口にできそうな物ではなく、
僕は赤黒い液体の中に沈んでいく物体をほっとして眺めた。

ここは、街に新しく出来た雑貨屋。
所狭しとあらゆる不可思議な品々で埋め尽くされた店内は、
どこか異国の香りを漂わせていて、来る前はなんとなく気乗りのしない僕だったが、
今は不思議な雰囲気のする店内に心がわくわくしていた。
「君たちは森の向こう側から来たのかい?」
「うん、そうだよ。森を抜けた小さな村。」
僕はおじさんの質問に手の上にのせた緑の小さな象を撫でながらそう答えた。
「ふむ。そうか。あの森は我々にとって、宝物の宝庫だ。だが、遠くてね。
行くだけで日が暮れてしまう。暗闇の森ほど怖いものはないからね。
君たちもこんな遠くまでよくやって来たね。」

そう言うおじさんを僕は不思議な面持ちで見上げた。
確かにあの森はまともに通ろうとすると、半日はかかってしまうだろう。
それは、遠い昔、村に辿り着く前に敵が疲れるようにと迂回ばかりの道を作ったからだ。
だが、今は平和な時代。
僕ら村の住人は、それぞれ仲間同士で安全かつ最短で街まで下りれる道を持っていた。
僕は、そのことをおじさんに話しそうになって、慌てて口を閉じた。
だって、その道は僕らだけの秘密。
僕とアリスだけの。

「あら、知らないの?秘密の抜け道があるのに。」

僕と店主のおじさんが店の奥を振り返ったのは同時だった。
そこには、巨大な紫の羽根の蝶がついたピンを持つアリスが得意げな顔を僕らに向けていた。
今日のアリスの服装は、ピンクに白い水玉模様の襟付きワンピースに白のストッキング。
足下は黒いエナメルの靴。極めつけに頭にも大きなピンクのリボンをつけている。
森では非常に浮いていた恰好だったが、この店には不思議と似合っていて、僕は思わず感心してしまった。
きっと、アリスは今日このお店に来ることを想定してこの服装を選んだのだろう。
だとしたら、成功だ。
だって、アリス自身がまるでこのお店の品物の一つみたいだから。

「ほう、秘密の抜け道。そんなものがあったのか。
君、もしよかったら、おじさんにそれを教えてくれないか?
そうだな、お礼に今君が持っているその蝶をあげよう。
君も気づいているかもしれないが、その蝶は、ただのピンじゃないんだ。
そうだな、その秘密も含めて。悪くない取引だと思うがね?」
咄嗟に僕は、アリスにだめだと首を左右に振った。
そんな僕を見ながら、アリスは口を開いた。
「蝶、買ったら、秘密教えてくれないんでしょう?」
「あぁ、君は賢いね。そう、このお店は不思議を売るお店だからね。
魔法でも手品でもそうだろ?”不思議”は言わば企業秘密。
人々は常に”不思議”を追い求め、解明しようとする。
そして、もしその”不思議”が解ったら、それはただのガラクタになってしまうんだ。
だから、我々”不思議”を商売にする人間は、絶対にこの企業秘密を教えたりしない。
我々もこれで生活しているからね。教えたら最後、もうその商品をお店に置くことは許されない。
だから、君にその”不思議”を教えるのは、私なりの最大の感謝の意なんだよ。
まぁ、君がその蝶の秘密を知りたくなかったら、まったく意味を持たないんだがね。」
おじさんの声を聞きながら、だけど、と僕は思っていた。
だけど、きっとアリスは興味を持っている。
そして、おじさんもそのことをわかっている。
僕は必死になって駄目だという信号をアリスに送る。

駄目だよ、アリス。
あの道は僕らの秘密。
僕らだけのたった一つの秘密。

そんな僕の気持ちが伝わったのか、アリスはちらっと僕の方に視線を向けた。
よかった、アリスにはわかったんだ。

でも、アリスの口から出た言葉は、僕の期待とは全く反対のものだった。

「いいわ、秘密の道、教えてあげる。」

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